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ユーザー投稿  今年のお言葉をお伝えします

Posted on  by 祐青 / No Comment

今年も亀井先生からお言葉が届きました。(厳密にいうとまだ手元に無いけど汗)でもちゃんと物質化してくれるから、ご慈悲だと思います。有難いことです。今年のお言葉は

「微妙なる心に通ずるもの まことの愛を知る」

です。まことの、、、そう、まことではない愛が多い気がします。外側に目を向けるのではなく、まこととは自分の内側です。外側は幻想です。自らが映写機になって映し出した、映画のスクリーンのようなものです。スクリーンに何かを期待しても、それはただスクリーンとしてそこにあるだけです。大切なのは、映写機にどんなフィルムをセットするか?宇宙から問われているのはそこです。微妙なる心とは本質です。本質に通じるものこそ、まことの愛を知るということです。

そういえば、思い出したのですが、谷村さんが若い頃に書いた本数冊、アリスの写真集数冊、あと詞集とか、帯付きで良い状態のものがあると、買い直していたので、同じものが何冊かあります。それも古書だったなーと思って。(日焼け防止で箱にしまい込んで忘れてました)笑 どの本だったか、谷村さんの昔の本に、亀井先生の「邂逅し 開眼し 瞑目す」が、邂逅と開眼が入れ替わって書いてあって。誤植ではないと思うので、間違って覚えちゃったのかなー?って。あの頃、体壊すくらい忙しかったから、よく見る暇も考える暇もなかったかもしれないから、それに、先生に直接、面と向かって教えてもらう機会もなかっただろうし、まぁ仕方ないのかなって思います。亀井先生の人生で言うと、親鸞聖人と邂逅して、なにを開眼したのかな?ってことです。聖徳太子と邂逅して、なにを開眼したのかな?ってことです。それは亀井先生の本にいっぱい書いてあるので、それを読んで感じてみるのが良いと思います。谷村さんが亀井先生と邂逅して、なにを開眼したのか?私が谷村さんと邂逅して、なにを開眼したのか?それはとてつもなく大きすぎて書けないけど、瞑目した時に、万感胸に迫る想いがします。本望です。きっと先生もそうだったに違いないと。そして貴方も。受け継がれてゆく魂のリレーのような、遡れば聖徳太子と邂逅した親鸞聖人は、なにを開眼したのか?聖徳太子は神仏と邂逅してなにを開眼したのか?たぶん宇宙の根源にまで遡れると思います。笑

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